地方行政は一体誰のためのものか


「地方行政は一体誰のためのものか」と書くと「そりゃ、そこに住んでいる人のためのものだろう。そんな当たり前のことなんで?」とお思いになる方がほとんどだと思います。私もそう思います。以前、現千葉県知事の熊谷氏が千葉市長だった時に大田区の会合に出席していた千葉市在住の方に「日本共産党は熊谷氏を応援しない様に千葉の地区委員会に言ってください」と頼まれました。(日本共産党千葉県委員会は知事候補に金光りえさんを立てて選挙戦を闘いました)私の考えは「そこの行政はそこに住んでいる人のためのものであり、そこに住んでいる方々で決めるべきこと」です。千葉の行政の問題点が良く分かっていない私がなんで口をはさむことができるでしょうか。もちろん、その地域に住んでいないとその地域に意見を言ってはいけないと言っているわけではありません。「住んでいる人たちが決める」ことは住民自治の基本だと思います。だからこそ、沖縄の事は沖縄の住民が決めることであり、福島のことは福島の住民が決めることだと思います。国全体で考えなくてはならないことでも地元住民の意見を無視をして良いはずがありません。
今度(8/22投票)の横浜市長選挙では立憲民主党推薦の候補者を日本共産党神奈川県委員会が支援を決めました。そのことでSNSでは批判的なコメントが数多く見られました。ここでも私の考えは変わりません。「そこに住んでいる方々で決めるべきこと」です。他の地域に住んでいる方は批判をしてはいけないという意味ではありません。横浜市の問題は現地の日本共産党でもちろん掴んでいますし、政策や人柄を見て決めたことだと思います。現地の判断・決定は一番に尊重するべきだと思います。本当に政策や人柄に問題があれば、応援もされなくなります。党員や支持者も納得しなければ動きませんから。

なぜこのオリンピックはトラブルだらけなのか?


まず初めに「この新型コロナ感染症が拡がる中でオリンピックは開催するべきではない」との態度は表明しておきたいと思います。多くの方が直前まで「この状況で本当に開催するのか?」と半信半疑だったのではないでしょうか。そして直前での無観客開催への変更。新型コロナ感染症が拡がる前の準備マニュアルでは現実での対応はできません。「命が何よりも大切」であることはどなたも否定はしないと思います。専門家も「大丈夫だ」と太鼓判を押した方は誰もいないのに政治家が念仏の様に「安全安心」を唱えるだけでは誰もが、準備する側も半信半疑になっても仕方ありません。「本当に開催するのか?」との空気の中で変更に次ぐ変更で相当参っていたのではないかとは想像できます。
こうした中、オリンピック開会式をめぐり過去のいじめやコントでの発言などが話題となり式に関わる方が相次いで辞任に追い込まれました。一部では「呪われた開会式」等と言われましたが私はそうは考えていません。現在の閣僚のほとんどが「日本会議」という団体に所属している方です。日本会議は憲法改正を旗印に「過去の戦争は自衛のためのやむを得ない戦争だった」と主張する歴史修正主義の団体です。その主張は国際的な常識とはかけ離れています。
安倍前首相や菅首相も所属しています。官僚には内閣人事局をつくり、自党議員には小選挙区制での公認をチラつかせ逆らうものには徹底して冷遇する代わりに、自分たちに忠誠を誓うものは厚遇してきました。能力とは関係なく官邸のお気に入りかどうかで人事が動いてきました。ここまで露骨にやってきて開会式の人事だけは「特別です」なんてことは通用しません。「現政権に対して好意的な人物かどうか」の調査が行われたはずです。後から官邸からクレームが付いたら、出世できないのですから。しかし、五輪憲章にあるような非差別主義、国や政治、人種や宗教、性別などの平等な理念は後回しにせざるを得ない。そもそも日本会議は基本的人権は無視、国民は天皇の家来であるとする大日本帝国憲法の復活を熱望している団体です。五輪憲章に相容れるはずがないのです。だからこそ選んでくる人物は「一般的な社会常識」で問題のある方ばかりになってしまうのだと思います。
もちろん、音楽やその方の才能に罪はありません。五輪ではない場所で思う存分その方の実力を発揮し、活躍をされれば良いと思います。

様々な「権威」について


人はその意見がどうかよりも「〇〇さんが言っていたから」と有名人や知識人の言葉を盲目的に信用してしまう方が少なからずおります。宗教(教祖)に対する信者とでも言うのでしょうか。これは楽なことなんだと思います。自分で考えることもなく、自分の発言に対して責任を感じる必要がないのですから。
権威と少し話がずれたかもしれませんが、1年ほど前に鉄道高架下にスケボーパークが出来ました。民間の運営会社が作ったものでしたが、できた当初「あんな役に立たない物を作って」と怒っていた方がおりました。スケボーがどの程度需要があるのかはわかりませんが、その辺の公園でやるよりは、専用のパークで練習した方が一般の公園利用者にも危険が少ないのではないかと思っています。もっと地域での需要が高い駐輪場などへの利用が望ましい場合は違う場所に作った方が良いとは思います。しかし、駅からも離れており、また、その周辺で駐輪場が欲しいというような要望もありませんでした。その方に一昨日お会いしたら「スケボーで金メダル取ったよ!」と興奮気味におっしゃっていました。1年前には「役に立たない物」と言っていたのに・・・。
音楽でもロックバンドなど紅白出場が決まった途端に、それまで見向きもして来なかった市長や町会長などが急に出てきて「昔から地域を挙げて応援していました。彼らは郷土の誇りです」等のコメントは興ざめしてしまいます。
共通することは「自分に興味のない事」を価値のないものと考え「オリンピック」や「紅白」など自分の知っている「権威」が認定するとその価値を認めるというものです。自分が知らない、興味のないことは仕方のないことです。しかし、それを好きな人、実際にやっている人について「価値がない」等の評価をするべきではないと思います。そして、無条件に「オリンピックでメダルを取ったから」とか、「紅白に出場したから」でその選手や競技、その音楽やバンド(歌手)の価値があたかも決められてしまうような世間の風潮は残念な気持ちでしかありません。

日本共産党は実績横取り?!


ある政党から「日本共産党は実績横取りだ!」と言われます。それは何を指して言っているのか。例えば、保育園の待機児童問題。石原都政以降「福祉はムダ」と言って認可保育園建設を認めてきませんでした。その代わり東京都独自の保育園基準をつくり、「認証保育所制度」を発足させました。認証保育所には園庭が必要ではなく(近所の公園で可)ビルの2階でも運営が可能です。さらにそれまでは社会福祉法人のみ運営が許可されていましたが、株式会社でも運営ができるようになりました。(現在は認可保育園の運営も可能です)しかし、認可保育園が建設されるのであれば認可園のほうに預けたいというのは保護者の願いではないでしょうか。
その保護者の思い願いに沿って「認可保育園の増設を」と訴えてきたのは日本共産党です。東京都都議団は「土地がないなら都有地を活用せよ」と訴えてきました。これに異を唱えてきたのは紛れもなく自民党及び公明党です。これは議事録を見れば明らかです。
そして世論が盛り上がり「どうにもこれは認可保育園を増設せざるを得ない」状況になると、知事なり区長(行政側)より予算案を示され、日本共産党に手柄を取らせないために公明党が直前に今までと態度を翻して賛成質問をして「公明党が実現しました」と実績をつくります。これは日々行われています。大田区のワクチン接種の医院ごとの予約方法を記したカラービラを区の発表と同日に公明党が新聞に折り込んだこともありました。区の発表を聞いてから原稿をつくり印刷したらどんなに頑張っても2~3日かかります。それがどうして区発表と同日に折り込みができるのでしょうか?情報をもらって支持者向けの実績をつくる。その代わり、強行採決などに加わって自民党をアシストして組織票を提供する。だからこそ、公明党は常に与党でいなければならないのです。
日本共産党はどの党が提案した内容でも本当に都民、区民のためになるのであれば賛成をします。「共産党は反対ばかりだ」と言うのは印象操作で、実際には予算案、法案などでは5割賛成しています。政治の基本は誰のための政治なのか?常に政治家はこれを問われます。特定の支持者向けのパフォーマンス、利益誘導には、うんざりです。決めるのは私達。もうこんな政治におさらばしましょう。

日本共産党は危険な団体?!


インターネットなどで必ずと言っていいほど「日本共産党は公安の監視対象になっていて危険な団体だ!」と言ってくる方がいます。国会や各地方議会でも定期的?に質問で取り上げられ繰り返し話題になります。戦後60年の長きにわたり、調査しても何ら「暴力革命の準備をしている」との証拠も見つからず、税金を使い日本共産党の潔癖さを証明してくれているのですから「お疲れ様です」としか・・・。「無駄を省く」「身を切る」とのスローガンが大好きな政治家たちがいますが、どうしてこんな無駄な調査をしているのを止めさせようとしないのでしょうかね。

公安は毎年調査結果を発表しています。

←これを見てください。日本共産党に対する公安の調査結果はたった1ページ。しかも全てしんぶん赤旗で報道されている様な中身です。私達の方針や真っ当な政治活動をご紹介くださり、ありがとうございます。

国会や各地方議会で取り上げられる度に、ホント「くだらない」と相手にしていないのですが「ウソも100回繰り返すと本当になる」とも言いますからやはりデマは放っておくわけにはいきません。
定期的に繰り返すのは「日本共産党の躍進は支配層にとって脅威であること(都合が悪い)」「一定数いる反共の支持者に受けること」が原因だと思います。取り上げられる度に論破され、批判も浴びているわけですから、取り上げている本人(一応、議員で一定の良識は持ち合わせているはずですから)も「日本共産党は問題ない」と分かりながらも、ある一定層に向かってリップサービスを行う必要があるのだと思います。デマまで流して自分の地位を守り、しがみつきたいのでしょうかね。もう哀れとしか言いようがありません。

五輪中止しコロナ対策に集中を!緊急署名提出行動


7/20都庁にて東京都へ「五輪よりコロナ対策へ集中を」の署名提出を行いました。今回提出分は、東京都全体では1,972筆、累計では43,726筆の提出となります。コロナ病床は埋まりつつあり、昨年よりも40~50代の中高年の重症化率が上がっています。若い方でも、昨年は回復したら退院してすぐに元の生活に戻れた方が多かったですが、現在は若い方でも肺炎や酸素吸入、ステロイド投与が必要となるケースが増えているそうです。変異株はより感染力が増し、強毒化しています。東京都の重症患者数は7/20現在、538人で入院患者数1,207人で比率は46.9%。国基準でのステージⅣ、重症化率50%以上に迫っている状況です。

これで、オリンピックを強行開催し感染爆発が発生したら、医療崩壊は免れません。各国でもワクチン接種が行われていますが、国により、地域により接種状況はまちまちです。国際的なイベント、東京五輪により、ワクチン確保が困難な地域や国に持ち込まれたら多くの方の命が危険にさらされます。「コロナに打ち勝った証」どころか「コロナを世界に拡散させた悪名高きイベント」として後世に名を残すのではないでしょうか。
政権を担っている政治家は多少悪いことをしても政治家の矜持として「命こそが最も大事」と最終ラインだけは守ってくれるだろう、そう思っていた方々もそんな淡い期待はもう吹き飛んだと思います。目を覚ましましょう。今の政権を担う政治家が大切にしているものは自分の身で、後は利権だけ。私達はそれを変えることができます。その機会がもう間もなくやってきます。総選挙でしっかりと選択をしましょう。

選挙における棄権と白票は抗議の意思表示となるか


選挙において投票率が上がった、下がったと毎回報道されます。投票率はどの程度の方が関心を持って選挙を見ていたのか?を表す大きな指標となっています。棄権にはいろんな理由があると思います。「興味がない」「忙しい」「入れる人(政党)がない」等。
無効票と言われる中に白票というものがあります。全く何も書いてない票の事です。この方は投票所にまで足を運んでわざわざ白票を投票しています。これはより明確な意思表示なのだと思います。おそらくは「この中に入れる人(政党)はありません」または「政治家(政治)を信用していません」等だと思います。
結論から言うと棄権と白票は何の意思表示にもならないということです。それは政治家(政党)が興味を示すのは自党の候補の得票数(得票率)と当落、及び対抗候補の得票数(得票率)と当落のみだからです。参考程度に投票率は気にします。投票率の上下で政党によっては組織票が生かされやすい、生きにくいがあるからです。ただそれだけです。
棄権の数や白票の数で政治家が政策を考えたり、または変更したりすることは絶対にないと断言をします。白票がいくつだったかも知らない当選議員もいると思います。知ったからと言って何かに影響することは無いからです。ある政治家(政党)に物を申したい、もしくはお灸をすえたいという時は迷わずに対抗している候補者に投票しましょう。政治家が気にするのはそれしかありません。選挙期間中、政策についてほとんど語らず、当選したら住民のことは知らんぷりなんて候補者は真っ先に落選させてしまいましょう。貴重な税金で養ってあげる必要はないのですから。

選挙における演説とは?


選挙には付き物の演説。一般的には政治家と呼ばれる皆さんは弁が立って、さぞ皆さんが聴衆の心を動かす演説をできるものだと思っては無いでしょうか?驚かれるかもしれませんが、実は「演説」できる与党議員は地方議会だとあまりいないのでは?と思います。
演説とは議会報告や集会での挨拶とは違います。与党議員がしているのは主にこちらではないかと。新人候補者だと「○○党の△△です。よろしくお願いします」しか言っていないパターンも。演説とは明確に主義、主張が入っていないと演説とは言えません。「自分はこの政策を進めていく、そのために自分は何をする」等、本来であれば選挙中にはこういった「演説」を有権者に聞いてもらい判断して投票してもらうのが当然です。
しかし、多くの与党候補者は選挙争点には触れない、当たり障りのないふわっとした「国と連携をし、しっかりと前に進めてまいります」とか思わず「何を?どうやって?」と突っ込みを入れたくなる「お話」だったりします。ある与党区議会議員は選挙中に「演説?」があまりにも聞いていられなくて後援会長にマイクを取り上げられてしまったとか。
演説は議員、候補者なんだからできるのだろうと思うのは間違いです。普段から街角に立ち「この問題はこう考える」と、あらゆる問題に対して自分の考えを明確にして話していないと人前で「演説」はできるものではありません。もちろん、日本共産党の議員、候補者で「演説」できない方はおりませんよ。

日本共産党の票は「組織票」?


組織票とはいったい何を指すのでしょうか。党組織がしっかりしていると組織票なのでしょうか?日本共産党はしがらみのない日本で唯一の政党です。企業献金、団体献金を1円も受け取らず、政党助成金も受け取りを拒否をしているのは日本共産党しかありません。主な収入源は党費、個人からのカンパ、しんぶん赤旗などの新聞、発行物からの収入です。元祖、市民派政党です。政党助成金については「みんなもらっているのだからもらえば良いのでは」との意見も見受けられます。しかし、政党助成金の原資は税金です。国民1人当たり年間250円自動的に徴収され、意思とは関係なく議席に応じて分配がされています。1月1日の議席状況(国会議員5名以上または前回の国政選挙で比例得票率2%以上)によりその年の交付額が決定されるため、政治信条関係なく交付要件を満たすために議員が離合集散する有様は見ていて醜悪です。そもそも、税金に頼って政党活動行うこと自体おかしいのではないでしょうか。政党助成金はそもそも「腐敗政治の大本、企業献金、団体献金を禁止する」との名目で始まったことも記載しておきます。日本共産党以外の多くの政党は2重どりを続けている状態です。
話を元に戻します。日本共産党の組織は高齢化していると言われます。否定はしません。日本全体が高齢化社会を迎えているのですからどこでも同じようなものだとも言えます。高齢化は悪いことばかりではないと思います。高齢者は体力は若者に負けるかもしれませんが、知恵と経験、そして長い年月地域とのつながりを持っています。ベテラン党員の方と地域を回ると本当に良く地域の事を知っています。「この家の次男は○○に勤めている」とか「この家の飼っている犬は○○(名前)と言うんだよ」等、驚くことばかりです。選挙の時にはもちろん、つながりを生かして投票をお願いします。当たり前ですが、強制などできるはずもありません。それを「組織票?」と呼ぶのでしょうか。私は組織票だとは思っていません。組織票と言うのは「企業ぐるみ」など本人の意思とはほぼ無縁な状態で積み上げられる票なのかなと思います。日本共産党の票は広範な市民の皆さんから集められた確固たる「自分の意思による市民の票」なのですから。

選挙表記「通称」とは


選挙に立候補する方は戸籍名とは別に「通称」と呼ばれる名前を使用して立候補することができます。一般に漢字表記をひらがなやカタカナ表記に変えることが代表例ですが、女性候補は独身時代に市議や区議に当選しその後、結婚をし戸籍名が変わってもそのまま有権者に覚えてもらった旧姓を使いたいという場合なども旧姓をそのまま通称として使い続けるケースは多々見られます。もちろん、本名とは関係のないペンネームでもOKです。岩手県議会ではプロレスラーが当選しそのままリングネームの「グレートサスケ」として通称を使い、覆面をしたまま議会に参加をして物議をかもしました。国会議員だった「アントニオ猪木」などもそうですね。有名人の場合、芸名をそのまま「通称」使用するケースが多いです。
どの通称にするかは本人の強い希望があると思います。選対とも相談をし、一度決めたら、法的な書類など例外を除き、名刺、ニュース、ビラ等発行物はすべてこの「通称」に統一します。「1票にこだわる」と言っているのですから徹底します。時には法的な書類を書く際に、「あれ?この候補の名前は漢字でどう書くのだっけ?」と忘れてしまうくらいです。
先日、しんぶん赤旗日曜版の表紙で、都議選当選者の集合写真で一部漢字での表記がありました。通称表記ではありませんでした。確かに間違いではないのですが、そういう問題ではないのです。通称は候補者にとって選挙を共に戦い抜いてきた相棒の様な存在です。「1票」にこだわってきたからこそ、「通称」をどんな時(法的な書類以外)も候補者は使用します。そういった思いを分かっていないのかなと残念に思いました。