二大政党制はなじむのか


アメリカやイギリスでは2大政党制が取られています。アメリカでは共和党か民主党しか事実上選択肢がありません。その国の成り立ちにも関係していると思いますが、この2大政党制は歪んだ制度だと思います。21世紀になり多様性が尊重される時代となり、様々な考えを尊重する国際的な流れの中で「大企業優先か」「ちょっと大企業優先か」の2つの選択肢しかないのは不幸としか言えません。どちらに政権が転んでも財界はOKなのです。「多く献金を受け取っているか」「少しだけ献金を受け取っているか」の違いなので、真の労働者のための政治は行われません。大統領選挙はテレビ報道では全米中で盛り上がっているように見えて、実は半分の方は棄権しています。半分はしらけているのです。
日本の雇用と労働者の権利はマスコミと一体となった労働組合攻撃と非正規雇用の拡大でボロボロにされてきました。ここに「大企業優先か」「ちょっと大企業優先か」の2つの選択肢しかないのであれば、多くの労働者にとっては地獄なのではないでしょうか。企業は利益を上げることを最優先します。そして人件費の削減こそが利益を上げるために最も効率が良いことであると知っています。だからこそ法での規制が必要となります。どちらの政党を選んでもこの規制をつくることに及び腰では労働者の権利は後回しにされます。多くの人が「幸せ」を感じられる社会を。企業の搾取抑制と社会の発展は両立します。むしろ、今の規制緩和政策こそが企業の国際競争力をかえって弱めてしまっているのではないでしょうか。だからこそ日本共産党の様に労働者の権利を守るために働く政党、多種多様な意見を尊重する政党が必要なのです。

コロナ禍で影響を受けているのは誰でしょう


コロナ禍で飲食業界(店舗)芸術、舞台、劇場関係者、旅行・交通業など影響している業界は多数あると思います。一方で金融、保険業、情報通信業界は業績が好調だそうです。影響を受けて業界全体が苦しい中で最もしわ寄せが来るのは非正規雇用の方々やフリーで仕事をされている方々ではないでしょうか。コロナ禍を理由に雇止めやシフトを減らされたり等影響を受けている方が多いと思います。しかし、「コロナで苦しい」のは主に中小企業だったりします。財務省が9/1に発表した企業統計によると資本金10億円以上の大企業の内部留保は466兆円で過去最高となりました。役員報酬は0.5%上昇、株式の配当金も11.3%上昇しているにも関わらず労働者の賃金は前年比で1.2%マイナスです。

益々、このコロナは格差を押し広げていると感じます。GAFAと呼ばれるG:グーグル、A:アップル、F:フェイスブック、A:アマゾンに代表される多国籍企業はこのコロナ禍で空前の利益をあげています。ペーパーカンパニー(名前ばかりの幽霊企業)をタックスヘイブン(租税回避地)に置き、迂回輸出などで課税逃れが横行しています。およそ中小企業にはできない裏技です。大企業が潤えば経済全体を押し上げ、いずれ末端の労働者まで潤いが行きわたるとされた「トリクルダウン」は明らかなウソだったことがこの状況ではっきりとしました。大企業が潤っても景気回復にも、労働者の賃金上昇にもつながっていないことは明らかです。せめて大企業は中小企業並みに税金を支払えば、社会保障の充実や消費税も減税することができます。今後コロナ禍での減収を理由に増税が計画されようとしていますがとんでもありません。先に取るべきところがあります。多くの方がこのコロナ禍で困窮しています。大企業の利益を聖域化することは許されません。

菅首相辞任報道に思うこと


菅首相が総裁選に出ないことを表明しました。「コロナ対策に専念したい」との理由は全くの無責任と言わざるを得ません。今も前もずっとやるべきことはコロナ対策であり、命を守ることです。しかし、オリンピック開催に固執し感染爆発を招き、コロナ対策を後回しにしてきて何を今更との思いです。常に頭にあったことは「権力をいかに続けられるか」であったのではないでしょうか。こんな明らかな無責任ぶりに国民がこの間の各首長選挙や都議選、内閣支持率で「No」を突きつけた結果でしょう。市民が世論で追い詰めた結果に他なりません。

現在、コロナ対策や衆議院選挙の事より、自民党総裁選の行方ばかり報道されていますが、結局はアベスガ政治を継承する限り誰が首相となっても国民が望む政治は行われません。忘れてならないのは首相候補として名前を連ねている方々は全員アベスガ政治を全力で支えてきた方々と言うことです。どうして変化させることができるのでしょうか。

首相交代→期待して→支持率アップ→期待外れ→支持率ダウン→追い詰められて首相交代・・・との無限ループをいつまで続けるのでしょうか。こんなものは茶番以外の何物でもありません。コロナ感染症で不安に思い、命の危険にさらされている国民が茶番に付き合っている余裕はありません。今度こそ政権交代で茶番ではない政権をつくり国民の真の期待に応える首相に変えようではありませんか。

弱肉強食の本当の意味は?


ある質問コーナーに「自然では弱肉強食なんだから人間社会も弱者を助ける必要はないのではないでしょうか」と言うものがありました。これに対して生物学者の方から秀逸な返答があり、なるほどと納得しました。うろ覚えですが概ね以下の様な回答でした。「弱肉強食と言うと肉食獣が草食動物を食べる姿を思い浮かべると思いますが、トラとウサギはどちらが強いのか?すべての動物は必ず誰かに食べられるとの前提があります。トラも亡くなれば鳥やバクテリア等の他の動物の餌となります。生物学では1対1の対決ではなく、どちらの種が強いのかとの考えをします。世界中のいろんな地域に生息し繁栄しているウサギの方が種としては強いと言えます。寒い地域や暑い地域、山岳地帯から砂漠地帯まであらゆる環境に対応しているのはウサギの方です。今は適していない(と思われている)種が将来環境が変化したときに最も適応した種となる可能性があります。あらゆる気候変動、食糧事情、疫病等に対応できるためには、できるだけ多くの種類を残せる生物が最終的に強いと言えます。ですからみんなで助け合ってできるだけ多様性を持った多くの種を残すことが将来生き残る可能性につながります」人間も動物の仲間です。昔、いろんな他種の人類と争って生き残り、現在の人間になったことも研究結果で明らかになっています。現代人の祖先は集団での行動(狩や子育て)が得意だったことが生き残った要因とみられています。野生動物でも集団で子育てをし、種を繋げようとします。「今だけ自分だけ」との考えは本能で種を滅ぼすことを野生動物は知っているのだと思います。

このコロナ感染爆発は誰の責任なのか


このコロナ感染症は予期できなかったことなのか?という疑問になりますが日本共産党の田村智子参議院議員はコロナ感染症の感染者が出る1年以上前に、インバウンドで海外からお客さんを迎え、それで経済を上向かせるとの政策を取るのに保健所を削減し、国立感染研究所の予算を削減してきたことを国会で厳しく追及していました。グローバル化で人や物の距離が近くなり、また、環境破壊で封印されていた未知なる感染症が表れることもあります。グローバル化・インバウンド政策と感染症予防政策は一体のものでなくてはなりません。それを怠ってきたのは誰なのでしょう。昨年2月クルーズ船での感染が連日報道されていたころ、中国が春節を迎え当時の安倍首相が中国の方向けに「日本に来てください」と呼びかけをしていました。特に習近平国家主席を国賓待遇で迎えることに意欲を燃やしコロナの発症源とされる中国政府に配慮をして「コロナ感染症はそんなに恐れるものではない」との誤ったメッセージを出してしまいました。次の失敗はPCR検査抑制論です。医療関係者ばかりではなく多くの方が病気治療の根本は「早く見つけて早く治す」だと認識していると思います。しかし、このコロナ感染症だけ特別で「検査を拡げると医療崩壊を起こす」と誤った政策が取られました。大規模なPCR検査の実施で無症状の感染者をどれだけ早く見つけて隔離(保護)するのかが感染爆発を抑える唯一の希望でしたがそれが絶たれました。そして、経済を回すと称して行われた「GoTo事業」と「東京五輪」。感染が増加してもなお、「感染爆発に関連したとのエビデンスはない」と開き直っています。じゃあなぜ、私たちに自粛を求めるのか、県をまたぐ移動の制限をするのか、帰省しないように呼び掛けしたのか。人の流れが感染爆発につながっていることを政府自ら認めているのではないでしょうか。「ワクチン接種さえすれば大丈夫」との誤ったメッセージを伝えてしまったことも大きいと思います。安易な楽観論を出してしまいました。そして、ついに医療崩壊が起こりました。病気やけがをしても入院ができない状況が続いています。基礎疾患をお持ちの方はいつどうなるのか不安を抱えて生活されています。大規模な治療施設「野戦病院」設置の要望が高まっています。もはやこれは戦時中と同じ状況なのだと私達も認識を変えて行かなくてはならないと思います。政府が幾重にも誤ったメッセージと政策を出し続けたことがこの感染爆発を招き、今、多くの方の命がなんの手当もされずに奪われています。自公政権の罪は重いものがあると思います。

組織を守ることと発展の両立を


日本共産党は長い歴史を持つ党です。その間に様々な攻撃や妨害を受けてきました。戦前、戦中では軍国主義の中で戦争を一貫して反対してきた共産党は弾圧され多くの方が命を落としました。戦後になってもソ連の台頭に脅威を覚えたGHQによりレッドパージ(共産党排除)が行われました。こうした歴史の中で権力体制側からは常に疎まれる存在なのだと思います。しかし、そういった弾圧に屈しない方々が党を守り、発展させてきました。憲法違反の疑いのある安保法制の制定で日本共産党は「市民と野党の共闘路線」に舵を切りました。(それ以前から党綱領には統一戦線の政府をつくるとして記載はされていましたが)現場では党を守ることと開かれた党とのバランスをどうとるのか苦労している感があると思います。今でも公安警察が秘密裏に監視をしている中で一般市民を装って党に近づいてくることもあります。もちろん見せて悪いものは何もありませんが、選挙戦は情報戦であるとも言えますし、選挙では今まで様々な妨害工作をされてきましたから党歴の長い方ほど警戒意識が強くなるのは当然のことだと思います。その警戒意識が「開かれた党」との距離を生んでしまっています。どんな組織でも新しい方を迎えて行かないと必ず停滞、衰退していきます。信じて任せないと人は育ちません。また、歴史のある党に新たに加わる方からは「ベテラン党員の方からいろいろ指示されるのではないか」「自由に発言ができないのではないか」との懸念も出されます。迎える側も「ともに学ぼう、ともに成長しよう」との姿勢が問われているのだと思います。日本共産党は2020年に党綱領を一部改訂しました。その時はベテラン党員も一から学び直しでスタートラインは新入党員と一緒になります。かえって何の知識もない新入党員の方が今の情勢がスッと入って、知識が増えやすいのかもしれません。

どさくさまぎれの憲法改正は許さない


自民党総裁選が9月末に行われようとしています。基本的にどなたがなってもアベ・スガ政治の継承では期待できません。岸田氏が出馬表明するにあたり「憲法を改正する」と宣言しました。今、憲法53条の規定にのっとり衆参どちらかの国会議員の1/4以上の要求があったら内閣は国会を開会しなくてはなりません。拒否はできません。憲法に定められた義務です。しかし、憲法には「何日以内」との規定がないことを良いことに自公政権は国会を開かず憲法無視(憲法違反)の姿勢を続けています。規定がないのは「1/4以上の要求があったらすぐに開くこと」が前提となっているからです。憲法を変えることよりもまずは憲法にのっとった政治を行うことが先ではないでしょうか。そして「急いで憲法を変えてほしい」との意見は各世論調査でも1割程度しかありません。9割の方は性急な議論を望んでいません。自民党が今、狙っている改正は「緊急事態条項」の創設です。これは緊急事態宣言とはまるで違います。そして、コロナ感染症の収束ができないのは憲法のせいだと言わんばかりです。改憲派の言い分では今の憲法では私権の制限ができないそうですが、これは嘘だとすぐにわかります。今の憲法でも無制限の私権を認めていません。公道を「走りたいから」と時速100㎞で走れるでしょうか?「作りたいから」と隣の敷地にはみ出して家を建てられるでしょうか?すぐにでも捕まってしまうでしょう。それを禁じる法律があるからです。あくまでも憲法では「公共の福祉に反しない限り」との条件付きで私権が認められています。コロナ対策でも同じことです。緊急事態条項が導入されれば内閣が国会の承認を得ずに法律と同等の効力を有する「政令」を発布できます。緊急事態の期間も内閣が自由に決められます。何年も、何十年も。こうして、緊急事態条項を利用し独裁を可能にしたのがナチスのヒットラーです。まさに麻生氏が言った「ナチスに学んだらどうか」の提言?通りに自民党は改正しようとしています。私達の権利は天から与えられたものではありません。先人たちが弾圧や圧政と闘い勝ち取ってきたものです。今やるべきは憲法改正ではなく、憲法を生かす政治です。

自民党の政策って何でしょう?


自民党の政策って何?ってものの答えはずばり言うと「ない」だと思っています。これは極論かもしれませんが基本的には「ない」と思います。昔の自民党には確固たる「目指すべき国家像」みたいなものがあった様に思いますが今は日本会議が牛耳る執行部の顔色を窺い、公認権を握られ全てYESしか選択はありません。では自民党は何をしようとしているのか?毎年、日本経団連(経済界)から政府に対して提言が出されます。要するに業界団体からの要望です。これの実現に向けて官僚に指示を出し、政策を練らせる。国会の委員会で担当大臣が法案の説明が出来なくて右往左往している場面を良く見かけます。自分が発案して作った法案ではないのか?とあきれてしまいます。種子法改定の時は自民党議員が賛成した後で「法案をよく読んでみたら自分はとんでもないものに賛成してしまった」と漏らしていたそうです。もう一つは日米合同委員会で話し合われて、決められた内容。これは裏では国会決議よりも優先されると言われています。同じくこの内容を粛々と実現させるために立案を指示する。この2つへの言いなりの政治姿勢が世論とかけ離れた政策となって現れます。野党は反対したいから反対しているわけではないのです。

地方議会でも「自分の役割を理解しているのだろうか?」と首をかしげたくなる自民党議員がおります。残念ながら新人というわけではありません。そもそも地方自治の「二元代表制」を理解していないのではないでしょうか。その自民党議員が発行するニュースを見ると全部、区が発表したものばかり。ホームページの丸写しです。自分がどんな活動をして、議会・委員会ではどんな質問をして、何が実現して、何が実現しなかったのかがまるで記載がありません。これでは区報を読めば事は足ります。わざわざ自分の名前で「区議会報告」として出す必要がありません。政務活動費を受け取るアリバイつくりではないかと疑ってしまいます。地方議員は行政ではありません。首長と行政が出してきた予算案、条例案や予算の執行状況、行政の仕事内容などをチェックする立場です。これに与党、野党は関係ありません。区長や行政と全く同じ立場の議会報告は本来おかしいのです。区長や行政の提案には全てYES。こんな楽な議員家業をやっていても、運動会や新年会に顔さえ出していれば自民党と言うだけで選挙に受かってしまうのですから、こんな美味しい商売はありません。

新型コロナの影響での行政サービスカットは許さない


大田区議団では毎年、来年度予算への要望を各団体の方々から聞き取りを行い区へ要望書としてまとめ提出をしています。保育園団体、障がい者団体や家族会、労組、医療、介護団体等の方々から切実な要望が出されました。特に新型コロナウィルス感染症では感染対策に多くの時間と労力に時間を割かれながらも懸命に安全・安心を守ろうと努力されています。大田区は3年間で約580億円もの税減収を見込んでいます。これを想定し、各団体に補助の見直し(カット)を迫っています。しかし福祉サービスの予算カットは即人件費カットにつながり、区民へのサービスの低下に直結します。大田区では約570億円(昨年度)もの財政基金を持っています。「もしも区が財政難になった時に使う」との理由でため込んできました。100年に一度とも言われるこの世界的パンデミック。他国では財政をフルで活用し住民を助けています。そして本来、行政は民間企業とは違い集めた税は全て区民に還元するべきものです。多くの区民が困っている今こそこの基金を使うべきではないでしょうか。開通見通しのない新空港線などの大型開発計画は温存し、この基金を無謀な計画に投入することは許されません。大型開発より区民の命とくらしが最優先です。

人が残酷になる時はいつか


 人が残酷になる時は「悪いことをしてやろう」と言うときではないと思います。「自分が正しいと信じて疑わないとき」なのだと思います。「自分は悪いことをしている」との自覚がなければ攻撃に歯止めがありません。戦争に突き進むときは「他国を武力で侵略します」なんて言って始めた政治家は誰一人いません。「国家安定のため」とか「平和のために戦わなければならない」とか「他国から攻められそうだから攻められる前に愛する家族を守るためなんだ」とか。どこかで聞いたことがあるセリフではないでしょうか。又、宗教絡みにも当てはまります。自分の信じている宗教こそが絶対正しいとなればその他の宗教は邪教となり「正しい教えを広めるため」との大義名分は容易に成り立ってしまいます。世界で、今でも宗教や部族対立は繰り返されています。長い間争いが続けられ、最初の事の発端は何だったのかすら忘れ去られていることもあります。他者を尊重する。違いを認め合うこと。これに尽きますが、時に支配者は自分の悪政に目が向かない様に他へ悪者を仕立て上げることでかわそうとします。それは他国であったり、若者には高齢者を、民間には公務員を、非正規には正規職員を等々。もっともらしい理由を付けて。歴史が繰り返してきた支配者の常套手段です。私達はしっかりと政権の言動を一つずつ検証し、その目的について常に懐疑的である必要があります。もっともらしい言い訳が必ずくっついていますから。権力者に対しては「疑ってみる」くらいでちょうど良いのだと思います。