憲法記念日に思うこと


日本国憲法が施行され74年が経ちました。民主主義が蹂躙され、抑圧され、侵略戦争へと暴走してしまった過去を反省し、二度とあのような悲惨な時代を迎えることがないようにと先人たちの思いが込められた日本国憲法。「国民主権」「基本的人権の尊重」「平和主義」の3つの基本理念によって現在の日本が形作られてきました。
良く誤解されがちですが、憲法は国民を縛るものではなく、権力者を縛るものです。権力者は憲法の範囲内でしか政治をすることが出来ません。たとえ様々な国民を縛る法律を作ったとしても憲法がそれを許しません。
だからこそ権力者は自分たちを縛る憲法を変えて権力を増大させようとします。「猛獣」を権力者とするならば「檻」が憲法。私達を猛獣から守ってくれていますが、権力者は甘い言葉でこの鍵を私たちに開けさせようとしてきます。
一度鍵を開けてしまうとどうなってしまうか・・・。鍵がきちんとかかっているかの点検は私達国民の「不断の努力」によってでしかできません。これからも戸締り確認。誕生日おめでとう。日本国憲法。

高齢者の住宅問題は深刻です


現在、さまざまな生活相談にのっていますが、その中でも高齢者の住宅問題については多数寄せられます。身寄りのない高齢者には大家さんが貸したがらないのです。中には理解のある大家さんもいらっしゃいますが・・・。
東京都では石原都政以降約20年新規の都営住宅は建てられていません。そのため、立地の良い空き室には時に20倍、30倍の応募者が殺到します。「10年応募しているが当たらない」なんて話を良く聞きます。「新規の都営住宅、区営住宅建設を」と訴えていますが区は「空き室があるのでそちらの活用を優先に。補助制度を利用してください」の紋切り型の回答です。高齢者は収入の問題もあります。段々と風呂なしアパートも無くなり、高額なアパートから住まいを探さなくてはなりません。又、やはり「住み慣れた街から遠くへは行きたくない」と言うのは当たり前の感情です。これから高齢化社会を迎え益々、深刻化していくと思います。住まいは権利です。安心して住み続けられる街づくりのために引き続き拡充を要求していきます。

日本のジェンダーギャップ指数に思うこと


日本のジェンダーギャップ指数(性別格差)は世界の中では153ヵ国中120位(2021年)と大変低い状態です。自民党政権は「女性活躍社会」を謳いながら格差は益々拡がっていることが明らかとなりました。特に政治分野での遅れが顕著です。女性議員を増やすことは政党の義務だと思いますが、候補者を取り巻く周りの意識や環境を大きく変えていかねばならないと感じています。
女性が候補者になると夜のつどいなどで「子どもは今どうしているの?旦那さんのご飯は?」とほぼ必ず聞かれます。男性候補なら、まず、こういった質問はされません。さらには「票ハラ」(1票をちらつかせて無理な要求をする)や「セクハラ」「パワハラ」なども。女性で候補者になる方がいなければ当然、女性議員も増えません。日本共産党は綱領に「ジェンダー平等」を書き込みました。もちろん女性の地位向上はずっとうたっていましたが。東京都議会議員18人のうち13人が女性議員です。実に比率は72%。(2021年5月段階)他党との差は圧倒的です。日本共産党全体で「ジェンダー平等」の実現を目指し、学習を重ねているからこその女性議員の多さなのです。

4月25日3つの国政選挙で野党統一候補の勝利


2021年4月25日に全国から注目された3つの補選・再選挙がありました。北海道は賄賂疑惑による西川元農水相辞職で自民党は候補者を立てられず、長野は立憲民主党羽田雄一郎議員の死去に伴う選挙。広島は河井案里氏の当選無効に伴うやり直し選挙でした。
当初、広島は自民党の岩盤支持層と言われる組織票があり、野党統一候補が勝利するのは難しいと見られていました。ところが、広島の有権者が下した結果は「自民党NO」 でした。野党と市民が結集して闘えば、自公候補に勝利できることが証明されました。もうこの流れは止められません。
野党結集の要である日本共産党が都議選で躍進出来ればさらにこの流れは加速します。一日も早い新型コロナ感染症の収束へ、命とくらし、営業最優先の政治へ大きく転換する時です。

今こそ「多様性を認め、助け合う」政治へ


昨年安倍首相が辞任をして、菅内閣が発足し真っ先に打ち出したのが「自助・共助・公助」です。
この新型コロナ感染症で私のもとにもたくさんの方が相談に訪れます。皆さん頑張りすぎなくらい頑張って自分ではどうしようもなくなって相談に訪れる方が大半です。
今、必要なのはオリンピックはキッパリと中止をして、PCR検査の大規模な拡充や生活・営業への支援など命とくらしを守る政治(公助)です。
立場の弱い方が真っ先に切り捨てられる社会はおかしい。「自己責任と分断を煽る」政治から「多様性を認め、助け合う」政治へ。来たるべき総選挙で菅政権にキッパリと「NO!」を突きつけましょう。

核兵器の禁止は世界の流れ


歴史の見方に「世界はあたかもらせん階段を登るように発展する」と言うものがあります。
アメリカ大統領選挙では、自国第一主義を掲げるトランプ前大統領が破れバイデン民主党政権が発足しました。トランプ前大統領はナショナリズムを煽り、一部の熱狂的な支持者に支えられてきましたが、これは決してこれからの世界の本流ではないと思います。
世界の流れは大国が小国を従えて決める時代から、多くの国々の総意で決める時代へ、自国第一から世界協調の時代へ転換しています。
これの象徴的な出来事として「核兵器禁止条約の発効」があります。小さな国々が核兵器保有国を追い詰めています。
戦争被爆国である日本政府の取るべき態度は一つです。条約に署名できないのなら署名する政府へ交代させましょう。

新型コロナ感染症の収束へ全力を


新型コロナ感染症が拡大する前は旅行へ良く出かけていましたが、この1年間は都外はおろか区外にもほとんど出かけることはなく、必要のない限り外出は控えています。
2020年8月に2日間連続で休みが取れたので秩父にバイクで出かけました。なるべく人と接しないようにしながらでしたが、それでも久しぶりの遠出はやはりワクワクしました。
木々は青々と茂り、歴史あふれる街並みに心が癒されました。立ち寄ったレストランやホテル、お土産店はどこも感染拡大防止のために非常に気を使っているのがわかりました。
早期にコロナ感染症を収束させて、安心して生活、営業できるためには感染震源地を明確にしてその地域の住民、事業所職員、学校の在学者全体にPCR検査を定期的に実施すること、モニタリング検査を大規模に行うこと。
さらに地域ごとの感染状況に関する情報(検査数、新規感染者、陽性率など)を住民に開示をすることが求められています。
そして自粛を求めるのであれば補償がセットでなければとても生き抜くことはできません。引き続き求めていきます。

低所得者ほど負担が重い消費税、もう我慢の限界


街頭で演説をしていると 今は春休みで小学生が興味津々で寄って来ます。「消費税高くなるのは嫌だよね」と聞くとみんな「いやだ!」そう答えます。これこそがこの消費税の本質なのだと感じます。所得のない小学生も、年収1億円を超える方でも千円の物を買ったら80円税金を払わなくてはならないのです。一見公平に見えますが、当然、小学生や所得の低い方ほど負担は重いです。
 新聞のアンケートでも「消費税が上がったら何を削りますか?」の問いに、
第1位は「食費」。ぜいたく品ではないのです。生きていくために必要な食費を削らなくてはならない。
 さらにこの春は食料品が一斉に値上げがされました。軽減税率など耳触りの良い言葉を使っていますが、値上げ幅は2%分どころではありません。
 消費税は社会保障財源のためと言いながら、社会保障には回らず、ほとんどが大企業減税分の穴埋めに使われています。
 どこまで私たち庶民を安倍政権は痛めつけるのでしょうか。もう我慢の限界です。私たちのための政治を行う政権に取り換えようではありませんか。 私もその為に奮闘してまいります。

大田区ではこの4年間で56の認可保育園をつくることができました。


 設計事務所に勤務していた頃、ある区役所の保育課と打ち合わせに行きました。きれいな表紙の認証保育所のパンフレットを手に取って見てみました。そのパンフレットの間に赤と黄色の文字のどぎついチラシが挟まっていました。
 そこには「入園2人目なら30%オフ。3人目なら50%オフ。今ならさらに1人につき1万円キャッシュバック!」一瞬、携帯電話か何かの宣伝物が紛れ込んだのかと思いました。見直しましたがやはり間違いなく保育所の広告。
 違和感を感じるのは私だけではないと思います。まるで「商品」としての扱い。保護者も違和感を感じながらも他に空きがなければ、そこへ預けなければならない現実。
 大田区ではこの4年間で56園認可保育園をつくることができました。10年以上前から日本共産党大田区議団は、『保育園は数だけではダメ。大切なわが子を預けるには「質」の確保も重要』と認可保育園の増設と保育士の待遇改善を訴え、保護者の方と一緒に運動してきた成果です。
 まだまだ待機児童解消には至っていません。引き続き認可保育園増設のため奮闘してまいります。

40年前に読んだ「星新一」SFの、夢のような世界が現実に、だけど労働者の暮らしは・・・


 小学生のころ、推理小説とSF小説が大好きで学校の図書室によく行っていました。特に星新一さんの短編小説が好きで時間を忘れて読んでいたのを覚えています。人間の「欲」や「業」みたいなものを直接の非難はしていないのですが、時にはユーモアを交えて皮肉るところが痛快でした。
 未来社会のことを描かれていることも多く、小さな端末に全ての情報が入っていて、世界中の人々と話ができる。気象変動が予測でき、数分単位でどこに雨が降るのかが分かる。言葉を言うだけで扉が開き、照明やテレビが点いて、ロボットが掃除をしてくれる。
 そこに描かれた人々は、労働から解放され、余暇を楽しみ人生を満喫する様子が。そんな未来が訪れるのか?と40年前、心を躍らせたものでした。
 現代では、40年前には夢のようなことがもう実現しています。しかし、最後だけは大きく方向が違ってしまっています。むしろ労働者の使い捨ては悪化して、過労死は無くならない。
 大企業優先の政策から大きく転換してこそ、日本経済に明るい展望が開けるのではないでしょうか。
 「8時間働けばまともに暮らせる社会」の実現に奮闘してまいります。